2012年11月17日

いま俺は四度目の上京中/馬野ミキ

20代半ばから30手前まで俺は田舎の鳥取で母と暮らした
簡単に言えば、東京で自立した暮らしができなかったからだ
田舎に帰りハローワークで見つけた工場に入ったが、まともな社会人のふりをするのはだいたい半年くらいしか持たない
最後の方は夜勤で機械を蹴ったりしてた
気が狂っているわけでもなく、働きもしない俺に母親は困っただろうな
この子どもは何をしているのかわからない
俺は俺で自分をこの世に存在させるために精一杯だったわけだが。
何者でもない存在より、病人であるということがたぶん母親を安心させるのだろう
俺は米子の大学病院に試験入院した後、地元の精神科に通院した
精神病棟には鍵がかけられたが家にいるよりよかった
両親を安心させなければならないというプレッシャーから逃れられるからだ
同時期に俺はパソコンをおぼえた
今でさえブログを更新したり、インターネットは俺にかかせないものになったが
それまでの俺を知っている人間にしら俺がネットをするということじたい驚きだったかも知れない
東京では路上で酔っ払ってそのまま寝てるような人間だったので。
俺は息が詰まる鳥取での生活の活路をインターネットに見出した
オンラインゲームもそうであるし、ホームページを作って毎日日記を描いた
当時活発だったMSチャットで夜な夜な馬鹿な話をしたり、喧嘩チャットで友人を作ったり自殺チャットで時には自分をさらけだしたり、あの頃はチャットをするということじたいが目新しかった
半身不随で口で棒を加えてキーボードを打ってる人とチャットしたこともある
打ち込むのがとても遅い けれど新鮮だった
母しパソコンにのめりこむ俺を外に連れ出そうとウォーキングをすすめたり親戚がやっているヨガ教室に通わせようとしたりしたが、とにかく田舎の暮らしは息が詰まった
大自然という意味での田舎は好きだが俺はほんと村社会がきらいだ
田舎の人たちはうわさ話が大好きでまるでお互いを監視しているようにみえた
当時母親から与えられてい月1万の小遣いで計算して酒を飲みなんとかしのいでいた
沖縄のペンションにバイトに行ったが枕に枕カバーをとりつける仕事がスムーズに出来ず
隠し持っていた、当時合法だったマジックマッシュルームを隠れて吸ってテンパり
東京の元彼女に電話で連絡をし、通訳してもらい一日で沖縄から帰ってきた
まあほんと情けないとこだ・・
母の学生時代の同級生が経営していた警備会社にも行ってみたが半日で逃げた
交通誘導する自信がなかった
車なんか勝手にぶつかればいいと思うし、けれど自分の行いによってまわりになるべく迷惑をかけたくないという想いも常に強かったと思う
とにかく社会的なことをまっとうする自信がなかった
しばらくして俺は倉吉駅前でワンカップを叩き割りタクシーを傷つけたということで駅前のおまわりさんに確保された
タクシー会社に三万円払うのは二回目だ
もう田舎ぐらしはこりごりだと思った 俺が鳥取にいることによって周囲にも迷惑をかけるだろう
オンラインゲームの財産を現金化した二万五千円を持って東京の連れをたよった
新宿だって怖いなと思った 俺は太りへたれになっていた
コマ前で酔っぱらいに小便をかけられても何も言い返せなかった
俺はコマ前から逃げた
情けなく心細い気持ち
それがだいたい10年くらい前の話。
今は四度目の上京中でこれまでで一番粘っている。


posted by jagumi at 23:56| Comment(0) | 馬野ミキ | 更新情報をチェックする
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