2012年09月27日

倉吉、高円寺/馬野ミキ

鳥取県の中部に倉吉市はある
そこで小学一年から上京する16歳までと
東京での暮らしに挫折し帰郷した数年を暮らした。
高円寺で覚せい剤をやりながら当時同棲していた彼女に生活費をすべて出してもらっていた
天国のような暮らしだったし、一番好きな女の子だった
だが俺は、歌を歌わなくなった

彼女が足立区の実家に帰るようになり俺は日銭を郵便局の口座に送ってもらうような生活をしていた
彼女は高円寺に帰ってこないだろうと思った
乞食になるべきか自殺すべきか
もし路上で生活するならここに住もうと決めていたところが新宿東口にあった
そこに下見に行った
(今現在もここはとっておきの新宿の隠れ家である。読者の方で見てみたいという方がおれればいつか案内しよう)
夜の建築現場を見つめる
あそこから俺は飛び降りられるだろうか


俺は乞食も自殺も出来ず、田舎に帰ることに決めた
人生ではじめての敗北であった


さんざんわがままを言って東京へ行った手前、帰ってすぐに職を見つけ働いた
工場での機械オペレーターだ
シフト制で月の半分は12時間勤務だった
夜中に一人でいる時は機械を蹴ったりして半年でやめた

当時の救いはインターネットであった
ウインドウズ98が出た頃で俺はホームページを作り、チャットをし、オンラインゲームにのめりこんだ
なにぶん田舎のなもので、いい大人が仕事もしないで家にいるというのは相当風当たりがきつかった
近所の人の目を盗んでコンビニに行く そういう感じ
(このあたり東京の無関心さはとても楽だ)
ちなみにいまの嫁さんは、当時俺が作っていたホームページのファンであった

薬を過剰に摂取し救急車で運ばれたり
沖縄のペンションにバイトに出かけ部屋でマジックマッシュルームをやり一日で帰ってきたり
倉吉駅でワンカップを叩き割り駅前交番のおまわりさんに抱えられたのはこの頃だ。
当時、パソコンのエロフォルダには青木裕子や酒井若菜、優香などがあった。
画像をダウンロードし、名前をつけて保存することによって1つのケリをつけていた。









posted by jagumi at 18:35| Comment(0) | 馬野ミキ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。