2012年09月13日

あの頃、心はどこにあったのだろうか/蛇口

父親が転勤族だったので、子供の頃からよく引越しをしていた。出会いと別れの繰り返しだから、気が合えばその時期はよろしくねという感じが友達付き合いだった。その感覚は今も続いている。幼なじみが今も友達とか言う人はいいなと思うがどんな友情かはちょっと想像がつかない。
転勤の途中、関西にいた時期が十年くらいあり、十代だった俺はその頃の仲良しに世間知らずの天然キャラとしてよくいじられていた。中学のときに宇宙人と呼ばれたりもした。お前とはまともな会話ができないみたいな。なんかずっと心ここにあらずだったし。俺が内向的で幼かったということもあるが、高校、大学になっても授業が終われば相変わらずまっすぐ家に帰ってたし、今思えばあの頃の俺は何を考えていたのだろうね、もうわからないけど、いろいろ重症だったのかな。
雑誌の企画でのアメリカツアーで知り合ったHさんとの出会いは貴重だった。彼は不純異性交遊方面のコーチとしていろんな指導をしてくれた。合コン、ナンパ、風俗など。
もっと遊ばないと駄目だと再三言われた。俺みたいに日替わりディナーしないとあかんと。
Hさんはきれいな奥さんがいて三人で遊園地に出掛けたりもしていた。ある日、浮気しまくっているHさんに奥さんがもし浮気してたらどうしますかと聞いたら、うちの嫁は絶対に浮気しないと断言するから、自分は隠れて(とっくに奥さんにはばれてたかも?)遊び倒しているくせに自分の妻の貞淑さにはなぜこんなに自信があるのか、俺はなんかカチンときて、俺が奥さん誘惑したろかと思ったことがある。わざわざ貪欲にそのチャンスを狙いには行かなかったけど。
そうするとあとは行動力の問題なのか。まあ単にその人と切実にセックスしたいなと思わなかっただけかも。
posted by jagumi at 20:43| Comment(0) | 蛇口 | 更新情報をチェックする

友達とは何か/馬野ミキ

小学生の頃は友達というか、近所にいた子とクラスメイトという感じのほうが近い気がする
自己というものが確立してこないと、そもそも仲良しの何が仲良しなのかもわからないと思う。
自分は多分、誰にでも心を許している少年ではなかったかも知れない
世界の意味がわからず、ただただ対応に追われていたような気がする。
いつも困っているので、いつ困っているのか自分で認識できないというか。
学生時代(高校一年までだが)の連れとは連絡を取っていないし、連絡先も知らないから
俺のなかで「友達」という概念が具体的に関わってくるのは東京に来て、路上で歌うようになってからではないか。
自分と同じような、地方にとどまっていることが出来ず、酒好きでその日暮しの、ライブハウスではなく新宿の路上で歌うことを選んだ仲間。
そうだな仲間だな、
友達とは違うのか?
路上のそういう狭い仲間のなかで誰が誰とつきあっただ別れただといったものはあったが
自分はあまり関与していなかった。
小さい輪の中でちんことまんこが行き交うのは、何かアニマルだなお前らという抵抗があったかも知れないし
まあただ単に特に好きな子がそこにいなかったのかもしれない
というか今思い出したら、友達?というか知り合いの彼女はくどいていたことがあったな ごく普通に。
これは三十代になってからだなたぶん。
それは口説いただけでSEXはなかったが。
後日「人の彼女くどかないでくださいヨー」みたいに笑いながら言われたことがあった
まあこそこそ隠れずに騙したりせずに、自分は誰々が好きだ!という正攻法は、特に恨みを買わなかったり
あるいは笑い話で済んでしまうものかも知れない。
友達の恋人とセックス~以前に、今回「友達」というものについて考えてみようとしたが
自分は友達という意識やそいう物の考え方が希薄かも知れない。
基本俺たちは旅人であって、たまにキャンプ地で意気投合したり抱擁しあうようなこともあれど
結局俺たちは1人1人だ、というような考えがあるかも知れない。
posted by jagumi at 15:43| Comment(0) | 馬野ミキ | 更新情報をチェックする

女を知る前にアメリカを/蛇口

異性に全くモテない冴えない学生生活を送った。当時はそれが別に不自由だとも感じなかった。映画と空想があればよかった。そのままそのスタイルで大学卒業まで行ってしまった。
その間、恋愛スキルがずっと磨かれることもなく。初デートで映画館で映画だけ観て、お茶もしないで帰ったり、お泊りしても何もしなかったり。
両親は性愛の匂いがまったくしない気真面目な人たちで、どちらも父親(俺の爺ちゃん)が奔放な輩でそれが反面教師になったようだ。十代のとき、俺が年上の女性とちょっと仲良くしていると、まだ早いと母親に言われた。今考えるとちょっと意味わからない発言だが、そのときはそういった言動にも特に反発しなかった。反抗期もなく反省もなく野暮天なまま俺は現在に至っている。
まあありがちな童貞的青年だった。女性と親しく話をしたりしながらもそれ以上を求めずセックスは雲の上の存在だと思っていた。オナニーも高校二年の夏、しないと将来セックスできなくなると先輩にからかわれて、最初は嫌々やった。それまでは夢精で脱衣所の一番目立たないと思われる箇所にそっと汚れたものを丸めて置いていた。
二十歳のときに集英社の雑誌で募集していたアメリカに行く読者編集員に応募し、「俺は女を知る前にアメリカを知りたい」という書き出しの作文を書いて、結果それで女を知る前にアメリカを知ることになった。その旅行で仲良くなった日本人男性の地元に遊びに行って、そこでその人の女友達と初体験(発射しなかったので初挿入か)した。
それも場当たり的な展開で、自分の意志はなかった。
アメリカ経由のあっけない喪失。
posted by jagumi at 12:44| Comment(0) | 蛇口 | 更新情報をチェックする

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