2012年09月16日

恋人はセックスフレンド/蛇口

- 友達の恋人とセックスをする
- この13文字の文章もある種の「例え」であるかも知れない

馬野ミキ君の言う通りだ


友達の恋人をレイプする

こうするとだいぶ変わってくるが
こっちのケースもありそう
それはまた別の話



友達、か
それについてまあ思い付くままに述べてみようか
(まあ俺の文章はいつもそんなんだけどね)


友達は男女の間で都合のよい言葉に使われたりもしている

私たち、いい友達のままでいましょうね

は、

あなたと恋人になるなんて真っ平御免、の意味

そのときの友達という言葉はそれこそ「例え」である

正確に言ってやれば(付き合えないからといってムカついて危害を加えたりしない)模範的な他人でいてね、的な


殴り合って親友になる青春漫画のパターンはどうだろう

手を出すことも相手に関心があるからというある種の関係性が生まれているのだし、無関心であれば友達付き合いも始まらないか



あとは利害関係からの、

そうすると友達は便利な言葉になる

その言葉で周囲から金を借りるだけ借りて姿を消した奴がいた
俺も一万円貸した
渋々
当時、社会人一年生で金もなかったのに
お人よしだった
知り合いは二十万円やられた

友達をつくる人はみなお人よしなのかもしれない


AKB48のオタクとかも立派なお人よしだ

最初は実際に会いに行くことができる歌手の卵がいて、頻繁に握手会をしたりして浅い顔見知りになり、私たち仲良しよねみたいな空気感を共有することで友達感覚のアイドルを応援しないといけないやという、、、そして、ファン誕生、の構図

秋元康はそんなお友達産業にうまく乗っかった一人で
似た構図の産業は他にもたくさんありそう
ソーシャルネットとかも


セックスフレンドという言葉もあるな
恋人じゃないのにセックスさせてくれる人
友達?、、と思うが
まあ相手はいつか恋人になれることを星に願っているお人よしか
それか純粋にセックスの相性だけよくて気持ちいいからか




友達の恋人とセックスをする

この文章をじっと見ていて
よく考えたら友達の恋人も例えるなら友達だとして

男が

「二人で盛り上がっちゃって君に欲情しちゃったけど君は友達の恋人だから君とセックスはしない。でもこのモヤモヤした気持ちは君にも責任があるわけだから、これから風俗に行ってスッキリするので風俗代を半分出してほしい」

というのはどうだい?
そんな解決策

それで金出してくれたら相手は究極のお人よし(お友達)
親友だ
posted by jagumi at 20:15| Comment(0) | 蛇口 | 更新情報をチェックする

ノガミのドサ健/馬野ミキ

いやあ結構なハイペースだよね
日刊のリアル対談なんておれらが著名人だったらこれ結構なギャラなわけだが、残念ながら著名ではないので黙って続けるとしよう。

友達、
友達とは何だ?みたいにここんとこ考えてて
誰は友達といえるか?じゃあ知り合いなのか?知り合いよりは濃いだろ?じゃあ何なのか?と考え巡らせていたが、
友達だの知り合いだの恋人だのという「言葉」は一種の「例え」のようなものかもしれない
例えば、俺と蛇口くんの関係は何なのか?
明らかに知り合いよりは完全に濃いだろう
友達?親友?というのも違う気もしなくもないが、少しピントがずれているような気がする
(まあこれは俺目線で、蛇口くん目線からはまた違うのかも知れないが)
仲間というのが一番近い気がするが
蛇口くんを誰かに紹介するときに「仲間の蛇口君です」とは紹介しないだろう。
つまり、知り合い、友達、親友、仲間、他人のなかに、本当は人を仕分ける必要はないし、
第三者に説明するときに「例え」として、知り合い、友達、仲間、親友、他人というカテゴリが出てくるのだろう。
俺のなかでは、蛇口くんは蛇口くんなのだ。

「いまの人だれ?」と問われて
「あの人はあの人なのだ」と答えるのはあまりにも哲学的なので
「ああ、知り合いだよ」とか「うん、大親友なんだ!」と答えるのが自然だろうな。

阿佐田哲也の麻雀放浪記にノガミのドサ健という、戦後のドサクサから成り上がったイケイケの雀士が出てくる。彼は自分以外の人間を「敵」と「手下」の二種類にしか分けない。ノガミ(上野のこと。上野を逆から背読む)のドサ健は、物語の最後まで主人公坊や哲に苦杯を舐めさせ続けた影の主人公である。これは俺が上にあげた一般論より、激情型でシンプルだ。


友達の恋人とセックスをする


この13文字の言葉を目にし、耳にし、口にし、いまキーボードに打つだけで
俺の感情は怒りの反応に動いたり
或いは刹那的でドラマティックだなと憧れたりする気持ちもあるが
ラテンアメリカの若者の会話を聞けば、とてもさわやかな青年たちだな一杯奢ろうかとも思うし
カラオケボックスの三人みたいなガキには、関わりたくないなと思う。


友達の恋人とセックスをする


この13文字の文章もある種の「例え」であるかも知れない。





posted by jagumi at 00:44| Comment(0) | 馬野ミキ | 更新情報をチェックする

2012年09月15日

キル・ピル/蛇口

物分かりのよさそうな父親が若者である息子に言いそうな台詞
「女の子と遊ぶのは構わないが、ちゃんと避妊はしろよ」

避妊は最低限のエチケットということか

三十代のときに知り合った男はオダギリジョーみたいな雰囲気で、あるとき、三回中絶させた女がいて、その娘を愛してはいないんだけど、とにかく身体がいいんだよね、みたいな発言をしていた
その女性は彼のことがきっと好きなんだろうなとそのとき思った
厄介だな
(避妊は?)
彼女は彼に嫌われると思って言えないのかもしれない
気持ちいいセックスで彼の気持ちを繋ぎ留めようとする、健気な女とか
それなら結局彼に愛されてないみたいだしとても不憫な話だがまあありがちなパターンだとも
ならば勝手にしてくれと

なぜ友達の恋人に中出ししてはいけないのか?
そいつならそう言うかもしれない

事実
自分の娘の父親が自分の友達だったという映画を最近観たが

せめて避妊しろよと
そのときはツッコんだよ
流石に

話は結婚式の前に
それこそ動物的な衝動のままに寝てしまった主人公の恋人とその友達で
父親だと信じていた主人公の男が気の毒という
感情の流れでその映画を観ないと最後までノレないことになる内容だった

その気分で観ないとノレないといえば
AVのシチュエーションで思わず女の中に出しちゃったパターンとか
それ意外とよくある気がする
AV男優「このまま中に出しちゃっていい?」
女「駄目」
男「あ、出ちゃった」
みたいな
まあ実際は打ち合わせ済みの猿芝居で
女はちゃんとピルを飲んでいるのだろうけど
ああいうのに男は興奮するのかね
なんかタブーを犯すみたいな気持ち?
でも中絶させたオダギリジョーはそう思わないからその映像を見ても何も感じないのかもしれない
posted by jagumi at 21:51| Comment(0) | 蛇口 | 更新情報をチェックする

人類とSEXについて1/馬野ミキ

1 セックスは気持ちいい。

この単純明快な事実により、捨て子や虐待、強姦をはじめとする性犯罪といった多くの問題も
人間の社会のなかでの深刻な問題の1つにもなっている。
動植物やその他の生命はどうかしらないが、動物では育児放棄といったものも稀にあると聞く。

そして、
2 セックスをすると子どもが産まれる。

これはもう人間個人レベルではどうしようもない
ただ受け入れるしかない事実だ。
多くの人と性交したい
今すれ違ったあの人とヤりたい、というのはほんど正直な動物的な衝動であると思う。
(ただここは男女のSEX観の違いがありそうだが、ひとまずは俺自身の男目線で語るとする)
だが人間の文化は、SEXを子どもを作る為以外にも発展させてきたし
フェティシィズム、スカトロ、死体愛好など多種多様な性癖を育ててきた。
これは人間の持つ矛盾

3 子どもを産みたくないが、気持ちいいことをしたい。

が発展しきたものではないかと俺は考えている。






posted by jagumi at 13:55| Comment(0) | 馬野ミキ | 更新情報をチェックする

2012年09月14日

対岸の恋人/蛇口

タイトルを忘れたが、昔ラテンアメリカ映画を観ていたら若者二人がどちらもお互いの恋人と寝たと告白するシーンがあった
「俺も寝たよ、お前の恋人と」
「この野郎」と言いながら二人は笑い合う
恋人と言っても今たまたまよくセックスしている異性なんだろうという感じだった
そんな認識
二人とも

恋人という意味に無頓着ならば
その地位を軽んじることに躊躇は無いだろう
ラテンアメリカの若者のように

それもわかる

またすべての顔見知りに対して友達と感じることがなければ
そもそも
友達の恋人という概念は欠落しているのだから
周囲にあいつの彼女と寝ただろ、この野郎と問い詰められても
それが何か?となるだろう

そういったやりとりが面倒な時期があってもっぱら風俗に通っていた
日本には通りすがりの恋人がたくさんいる
主に男にとっての

風俗には恋人プレイという言葉がある
他の先進国の娼婦は股ぐらを貸すだけで、絶対にキスしたりイチャイチャしたりしない
恋人みたいに接する日本は特殊なセックス産業の国だ
風俗の数だけ恋人たちがいたりする
瞬間の恋人

本物?との違いを述べよ

恋人とは何だろう?

つづく
posted by jagumi at 14:11| Comment(0) | 蛇口 | 更新情報をチェックする

「友達の恋人とセックス」を揺らす/馬野ミキ

「信じていたのに裏切られた」という言葉を恋愛系の話題ではよく耳にするが
それは信じていたというか
「勝手に期待していたがアテがはずれた」
ということじゃあないだろか。
「信じる」という言葉の良い響きに乗っかって、「自分は悪くない。あの人は悪いという。」と思い込みたいだけではないだろうか。
「信じる」ということは、そんなに簡単にあっちやこっちへ転がってしまうような安易なものなのだろうか。

(ここでウイスキーの小瓶を取り出す。炭酸を切らしているのでロックでいこう)

また、例えば「人生とは何か?」というような一見根本的で普遍的な問い
誰かが白木屋で「愛って一体なんんだろうね?」と俺に問いかけたとする
この命題に対するもっともよい切り返しは「誰の?」だと思う。
まあ、なるべくやさしい目で一呼吸二呼吸置いてからいってあげるとよいけれど。。
人類共通の根本的な問に対して、人類全体で答えをまとめなければならない理由など1つもないのだから。

と、「友達の恋人とセックスしてはいけないか?」というテーマをぶち上げながら
俺はこのテーマを否定している
いや、してない

では、友達とは何だろうか?
例えばそれが、自分が孤立しない為の数合わせになっている場合はないだろうか?
大人になって年をとれば、マイペースで過ごせる自分の時間、1人の時間というものの貴重さが分かってくるが
学生の人などは友達が多ければ多いほどそれがステータスになったりするのかも知れない
だが真剣に進路を悩んだりする場合、むしろ孤独な時間は必要だと思う
私は本当は何がしたいのか?
何を恐れているのか?
よい大学に入り・・
でもそもそも職業や経済って何?この社会って何なの?
進路相談員も塾の名物講師もあなたが本当は何をしたいのか、というところまではわからないしそこにはタッチしない
それは、たった一人きりの自分自身を頼るしかない。
よし、友達の定義を一つ見つけたぞ
友達とは、あなたが1人でいたいということを尊重してくれる人だ。

では恋人とは何だろうか?
これはまた同性の友人とは違い、なかなか難しそうだ。

つづく














posted by jagumi at 03:31| Comment(0) | 馬野ミキ | 更新情報をチェックする

2012年09月13日

あの頃、心はどこにあったのだろうか/蛇口

父親が転勤族だったので、子供の頃からよく引越しをしていた。出会いと別れの繰り返しだから、気が合えばその時期はよろしくねという感じが友達付き合いだった。その感覚は今も続いている。幼なじみが今も友達とか言う人はいいなと思うがどんな友情かはちょっと想像がつかない。
転勤の途中、関西にいた時期が十年くらいあり、十代だった俺はその頃の仲良しに世間知らずの天然キャラとしてよくいじられていた。中学のときに宇宙人と呼ばれたりもした。お前とはまともな会話ができないみたいな。なんかずっと心ここにあらずだったし。俺が内向的で幼かったということもあるが、高校、大学になっても授業が終われば相変わらずまっすぐ家に帰ってたし、今思えばあの頃の俺は何を考えていたのだろうね、もうわからないけど、いろいろ重症だったのかな。
雑誌の企画でのアメリカツアーで知り合ったHさんとの出会いは貴重だった。彼は不純異性交遊方面のコーチとしていろんな指導をしてくれた。合コン、ナンパ、風俗など。
もっと遊ばないと駄目だと再三言われた。俺みたいに日替わりディナーしないとあかんと。
Hさんはきれいな奥さんがいて三人で遊園地に出掛けたりもしていた。ある日、浮気しまくっているHさんに奥さんがもし浮気してたらどうしますかと聞いたら、うちの嫁は絶対に浮気しないと断言するから、自分は隠れて(とっくに奥さんにはばれてたかも?)遊び倒しているくせに自分の妻の貞淑さにはなぜこんなに自信があるのか、俺はなんかカチンときて、俺が奥さん誘惑したろかと思ったことがある。わざわざ貪欲にそのチャンスを狙いには行かなかったけど。
そうするとあとは行動力の問題なのか。まあ単にその人と切実にセックスしたいなと思わなかっただけかも。
posted by jagumi at 20:43| Comment(0) | 蛇口 | 更新情報をチェックする

友達とは何か/馬野ミキ

小学生の頃は友達というか、近所にいた子とクラスメイトという感じのほうが近い気がする
自己というものが確立してこないと、そもそも仲良しの何が仲良しなのかもわからないと思う。
自分は多分、誰にでも心を許している少年ではなかったかも知れない
世界の意味がわからず、ただただ対応に追われていたような気がする。
いつも困っているので、いつ困っているのか自分で認識できないというか。
学生時代(高校一年までだが)の連れとは連絡を取っていないし、連絡先も知らないから
俺のなかで「友達」という概念が具体的に関わってくるのは東京に来て、路上で歌うようになってからではないか。
自分と同じような、地方にとどまっていることが出来ず、酒好きでその日暮しの、ライブハウスではなく新宿の路上で歌うことを選んだ仲間。
そうだな仲間だな、
友達とは違うのか?
路上のそういう狭い仲間のなかで誰が誰とつきあっただ別れただといったものはあったが
自分はあまり関与していなかった。
小さい輪の中でちんことまんこが行き交うのは、何かアニマルだなお前らという抵抗があったかも知れないし
まあただ単に特に好きな子がそこにいなかったのかもしれない
というか今思い出したら、友達?というか知り合いの彼女はくどいていたことがあったな ごく普通に。
これは三十代になってからだなたぶん。
それは口説いただけでSEXはなかったが。
後日「人の彼女くどかないでくださいヨー」みたいに笑いながら言われたことがあった
まあこそこそ隠れずに騙したりせずに、自分は誰々が好きだ!という正攻法は、特に恨みを買わなかったり
あるいは笑い話で済んでしまうものかも知れない。
友達の恋人とセックス~以前に、今回「友達」というものについて考えてみようとしたが
自分は友達という意識やそいう物の考え方が希薄かも知れない。
基本俺たちは旅人であって、たまにキャンプ地で意気投合したり抱擁しあうようなこともあれど
結局俺たちは1人1人だ、というような考えがあるかも知れない。
posted by jagumi at 15:43| Comment(0) | 馬野ミキ | 更新情報をチェックする

女を知る前にアメリカを/蛇口

異性に全くモテない冴えない学生生活を送った。当時はそれが別に不自由だとも感じなかった。映画と空想があればよかった。そのままそのスタイルで大学卒業まで行ってしまった。
その間、恋愛スキルがずっと磨かれることもなく。初デートで映画館で映画だけ観て、お茶もしないで帰ったり、お泊りしても何もしなかったり。
両親は性愛の匂いがまったくしない気真面目な人たちで、どちらも父親(俺の爺ちゃん)が奔放な輩でそれが反面教師になったようだ。十代のとき、俺が年上の女性とちょっと仲良くしていると、まだ早いと母親に言われた。今考えるとちょっと意味わからない発言だが、そのときはそういった言動にも特に反発しなかった。反抗期もなく反省もなく野暮天なまま俺は現在に至っている。
まあありがちな童貞的青年だった。女性と親しく話をしたりしながらもそれ以上を求めずセックスは雲の上の存在だと思っていた。オナニーも高校二年の夏、しないと将来セックスできなくなると先輩にからかわれて、最初は嫌々やった。それまでは夢精で脱衣所の一番目立たないと思われる箇所にそっと汚れたものを丸めて置いていた。
二十歳のときに集英社の雑誌で募集していたアメリカに行く読者編集員に応募し、「俺は女を知る前にアメリカを知りたい」という書き出しの作文を書いて、結果それで女を知る前にアメリカを知ることになった。その旅行で仲良くなった日本人男性の地元に遊びに行って、そこでその人の女友達と初体験(発射しなかったので初挿入か)した。
それも場当たり的な展開で、自分の意志はなかった。
アメリカ経由のあっけない喪失。
posted by jagumi at 12:44| Comment(0) | 蛇口 | 更新情報をチェックする

2012年09月12日

俺のセックス観 その1/馬野ミキ

5,6歳の頃に親のSEXを観た
酔っ払った父が正常位で母を犯していた
当時、母はいじめられているのだと思った

思春期になり、本屋でエロ本を買いオナニーするようになった
当時はパソコンがまだ普及していなかっので、もしかすると近所の人やクラスメイトにその現場を見られるかもしれないという、そういったリスクがあった
が、SEXは自分とはほど遠い関係ないものとして存在していた気がする
女性の実物のアレが映っている裏モノなどが悪友のなかで貸し借りされることがあったが
自分は女性器にまったく興味がなかった
むしろ、女性器とは恐ろしいものだと思っていた
高校をやめ、翌年上京した
バンドブームの波に乗っかりPUNKROCKをしに、東京に来た
髪をツンツンに立てて黒ずくめのファッションで社会に反抗している 
けど童貞
童貞。
というのがプライドにひっかかっていた
SEXをしたい、したくないというよりまず童貞を払拭せねば無軌道な十代の生き方とはいえないんじゃないだろうか
当時の俺はSEXをしたい、挿入だオメコだどうのこうのというよりも
愛されたい、自分を理解して欲しい、安心しておっぱいに抱かれたいという気持ちであったと思う
ただ当時はそういう気持ちに気づけなかったかもしれない
十代の頃はいまより、周囲への見栄が大きな比重をしめていたと思う
あきらかな反抗するのは、自分が社会的弱者であったからだろう。
俺の初体験はその翌年に池袋のヘルスで3秒で終わった
年上の風俗嬢に対し俺は、自分のプライドを守るのに必死であった。









posted by jagumi at 21:27| Comment(0) | 馬野ミキ | 更新情報をチェックする

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